データ・インテグレーションの新たな潮流を探る
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いまやイノベーションの源泉は“データ”であり、それらを最大限に活用するための“データ・インテグレーション”の重要度はますます高まっている。この領域に深い見識を持つ株式会社野村総合研究所の藤野 直明氏に、EDI(電子データ交換)のトップベンダーである株式会社データ・アプリケーション代表の安原 武志が、データ・インテグレーションの最新動向について話をうかがった。

Profile

藤野 直明

株式会社野村総合研究所
産業デジタル企画部 主席研究員

安原 武志

株式会社データ・アプリケーション
代表取締役社長執行役員

※所属、掲載内容は取材当時のものです

Theme 01

企業をひとつの生命体にするためにも、“データ・インテグレーション”が必要だ

安原:
今回、野村総合研究所の藤野さんをお招きし、“データ・インテグレーション”についてご意見をうかがいたいと思います。藤野さんは、データ・インテグレーションについての調査研究で多大な実績をお持ちで、この領域においても国内の専門家でいらっしゃいます。
データ・インテグレーションとは、異なるデータソースからのデータを一元的に統合することですが、そもそもなぜこれが重要視されるようになったのでしょうか?
藤野:
歴史的な背景から話をしますと、かつての日本企業はビジネスのプロセスがそれぞれ独立して動いていたんです。たとえば製造業なら原材料を調達し、部品を製造して組み立てて、製品を出荷して販売するというのが一連の流れですが、それぞれの部門が与えられた役割をしっかりと果たしていればよかった。情報システムについても、部分最適で生産管理はA社、販売管理はB社、物流管理はC社とそれぞれ違うITベンダーが入っているケースも多々見受けられました。
安原:
日本の製造業は、現場の人間が目の前の課題解決に一生懸命取り組む文化がありますが、逆にそれがシステムのサイロ化を生んでいたのですね。
藤野:
マーケットが単純に拡大し続ける大量生産・大量消費の時代であれば、それで十分機能していましたが、いまや社会は大きく変化し、マーケットが複雑化して何が売れるのかがわからない時代。そのような中で勝ち抜いていくためには、マーケットの最先端で何が起こっているのか、何を作るべきなのかをいち早く把握し、それに合わせて調達計画、生産計画、販売計画をリアルタイムで調整していかなければならない。いわば企業がひとつの生命体のように密に連携し、絶えず変化するマーケットに機敏に対応していかなければ、会社は競争力を失ってしまうのです。その意思決定のためには、あらゆる情報が常に手に取るようにわかることが必要であり、だからこそデータ・インテグレーションがきわめて重要になっているのです。

Theme 02

日本企業で発祥した“データ・インテグレーション”が、いま世界を席巻している

安原:
データ・インテグレーションの重要性は、先ほどの藤野さんのご説明でたいへんよく理解できました。
藤野:
データ・インテグレーションが重要だということを世界に知らしめたのは、実はトヨタ自動車です。
1980年代半ば、GM(General Motors)の工場をそのまま買収してカリフォルニアに生産拠点を立ち上げ、そこにトヨタ生産方式を数カ月で導入し、歩留まりを圧倒的に向上させました。それが世界に驚きをもたらし、米国の著名なビジネススクールの教授たちがトヨタ生産方式を懸命に分析したんです。彼らは「財務会計とマーケティングとヒューマンリソースと戦略を語るだけではトヨタは理解できない。我々が教えてこなかったことがある」と懺悔し、それを契機に「Productions & Operations Management」という科目がビジネススクールに新たに設けられたほど。そこで世界中のエリートがトヨタ生産方式を学び、いかに生命体として企業を運営するかを追求するようになったのです。
安原:
データ・インテグレーションは日本が発祥だったのですね。この領域で日本企業が世界をリードするチャンスも大いにあったのではないでしょうか。
藤野:
日本企業のオペレーションはいまでも高いレベルを保っています。ただ、アメリカは過去、なぜ日本はオペレーションが強いのかを徹底的に議論し、多くのことを学び、それをITで実装したんですね。この点で日本は後れを取った。逆に言えば、データ・インテグレーションの領域でできることが、日本ではまだまだたくさんある。現場のオペレーションのノウハウを本当に活かすなら、この30年間で100万倍にもなったコンピュータ・パワーを使わない手はない。それを果たせれば日本経済は大いに復活するのではないでしょうか。
安原:
我々としても、かつてトヨタがもたらしたようなイノベーションを再び日本から発信していくための、その力になれればと思っています。

Theme 03

いま注目を集めているのは、欧州発の新たな概念による企業間データ連携基盤

藤野:
データ・インテグレーションの文脈で言えば、企業間でのデータ連携による新たな価値の創造も進められており、特に欧州で大きな動きが起こっています。
安原:
EUでは近年、ドイツ主導で“GAIA-X”という統合データ基盤の構築プロジェクトが進められていますね。
藤野:
ええ。GAIA-Xというのは、多数の企業や団体の間で自律分散型のデータ連携を行う仕組みで、製品ライフサイクル全体のデータを共有するのが狙いです。ユーザーが利用した時点で発生するデータも共有し、それをもとに業界全体で運用・保守サービス水準の向上、そして製品の設計品質と生産性の向上を図るとともに、製品ライフサイクル全体でのトレーサビリティを確保することで、サーキュラーエコノミーの実現も目指しています。
このGAIA-Xの構想をもとに自動車産業を対象とした“Catena-X”、さらに製造業全体に広げた“Manufacturing-X”というプロジェクトも立ち上がっており、EUが巨大な予算をつけて推進すると表明し話題を呼んでいます。
安原:
なぜEUはいま、こうしたデータ連携基盤の構築に力を入れているのでしょうか。
藤野:
企業活動はいまやデータが生命線であり、みなそれを強く認識しています。しかし、そのデータを誰が握っているのかと言えば、GAFAMと呼ばれる米国のビッグ・テック。こうしたプラットフォーマーがデータを独占することに危機感を覚えたEUは、GDPR(一般データ保護規則)の考え方のもと、データ、コンピュータ資源、アプリケーションの3つの機能をいったん分解し、データを発生させた人がデータ主権を保有する、自律分散型のデータ連携のアーキテクチャーをあらためて作り出そうとしているんですね。
安原:
欧州の政府や企業が一体となって取り組んでいる壮大なプロジェクトなのですね。
藤野:
GAIA-X では、ドメインごとに“データスペース”というデータを集約・共有するデジタル空間が設けられ、企業や自治体などがそれぞれの方針でデータを開示し、必要なデータを必要な時に必要な人が参照できる環境を作り、しかもそれを人間の判断を挟まずMachine to Machineで自動的に行える仕組みを追求しています。こうした新しい形の企業間データ連携は、これから日本にも波及してくるでしょう。

Theme 04

日本にも“データ・インテグレーション”の新たな波が押し寄せようとしている

安原:
日本においてもGAIA-Xのようなプロジェクトは動き始めているのでしょうか?
藤野:
日本政府も、脱炭素や人手不足などの社会課題の解決や、産業構造の変革による経済成長を実現するために、企業や業界を横断してデータを共有・活用することの必要を訴えています。そのためのアーキテクチャーの設計や実証、社会実装を行う「Ouranos Ecosystem(ウラノス エコシステム)」と名付けられたプロジェクトがいま、経済産業省主導で進められています。
安原:
これを日本で実現していくためには、法律面の問題もあるかと思いますが、いかがでしょうか。
藤野:
ご指摘の通りで、EUではGAIA-Xを推進していくにあたって、データの取り扱いに関する法制度を同時に整備しています。データスペース内にあるデータの所有権は誰にあるのかとか、Machine to Machineで人の手を介さず機械がエージェントとなって情報を交換する際、事故が起こったら誰が責任を負うのかなど、クリアしておかなければならないリーガルの問題がいくつもある。日本はまだこうした法整備が追いついていないのが実情のようですが、重要な課題としてこれから進められていくことは疑いありません。
安原:
我々も長年EDIで企業間でのデータ連携を究めてきた企業として、来るべき時代に向けて法整備の面でも貢献できればと思っています。
藤野:
すでにいろいろなデータスペースが作られ始めていますが、たとえ日本発の仕組みであっても、データは世界を巡り、世界と共有されるため、GAIA-XやCatena-Xとも連携することになるでしょう。結果的には、ひとつの巨大なデータ連携基盤が出来上がっていくことになるかもしれない。これまでとはまた次元の違うデータ・インテグレーションが、新しいインフラのもとで本格的に広がっていこうとしているのです。
安原:
国や業界の動向をウォッチしつつ、我々もそうした新しい波に乗れるよう、次代のデータ・インテグレーションを支える新たな製品開発を準備していきたいと考えています。
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